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ナイレンよりも早くに街に着いたレイヴンは街の入り口から聞こえてくる悲鳴や喧騒に眉をひそめた。
それに混じって漂ってくる血の匂い。
「ちょっと…かんべんしてよねっ!」
ぼやく言葉とは裏腹に、レイヴンは走り出す。
近づけば近づくほど血と砂ぼこりの匂いは濃くなり…
視界が開けたとき見えたのは見なれた戦場だった。
自分がいる位置から幾分か下の平地で繰り広げられる戦い。
獣の姿をした魔物も血の匂いも剣を打ち鳴らす音も
どれも慣れてこの身に染みついている。
しかし、ひとつだけ見なれないもの。
それを見てレイヴンはいぶかしげに眼を細めた。
「…何よ、あれ」
まるで馬車に憑いたように、からんでうねる紅い帯。
それ自体が意思を持っているのか…何かの本能に突き動かされているのか…動くもの、生あるものめがけて襲いかかっている。
それは魔物であろうが人であろうが関係ないようだ。
紅い帯のようなものにはすでに幾体かの魔物が巻き込まれているのが見て取れた。
「助けて!まだ子供が中にっ!!」
悲痛な女性の声が耳に届く。
見ると、赤いものに絡みとられている馬車の中にちらりと人の衣服が見え隠れしていた。
あれか……
すっと弓を構え、狙いを定める。
軽々と放たれたかのように見えた矢はそれることなく、赤い帯に突き刺さった。
痛みでもあるのだろうか。それとも、単に邪魔をされたから引いたのか。
赤い帯は逃げるようにその身をのけぞらせる。
そのすきを狙って、騎士団の一人が走って子供を救出する姿が見えた。
レイヴンはよっこらせ、とさもおっさんくさい掛け声とともにジャンプすると、戦場となっていた平地に降り立った。
「おいてめぇ、どこほっつき歩いてた」
ギルド員を率いてこの場にいたメルゾムは腕組のままレイヴンを見下ろす。
「俺様だってやんなきゃなんないお仕事があんのよ。知ってんでしょ?」
「へっ、どうだかなぁ」
「あーもう…あ、ほら。あれ逃げちゃうわよ。いいの?」
レイヴンが指をさす方向では、身をくねらせて赤い帯のような魔物が逃げていくのが見えた。
それを追って騎士団の軍用犬が走っていく。
メルゾムは苦い顔。
「俺んとこの人間がやられてる。そういうわけにゃいかねぇな」
「なら、どうすんのよ」
「決まってる。追いかけるぞ」
「もしかしなくても、それに俺も入ってんのね」
「当然だ、きりきり働け」
「………どこ行っても、みんな人使いが荒いんだから」
前を歩くメルゾムの後を、ひとつため息をついて追った。
自分の腰ほどはありそうな草叢の中を進む。
歩きにくいわ、どこに何が潜んでいるか分からないわで、正直分が悪い。
だが、それを言ったとてここにいる人間は引き下がりはしないだろう。
軍用犬が走って行ったために、騎士団の人間もついてきていた。
その中には、ナイレンと一緒にいた少女と同じ顔をした少女が見える。
……かおも背格好も同じだけど、あっちの方がぼいんちゃんね。
本人らが聞けば激昂されそうなことを思いつつ、レイヴンは足を進ませる。
まだ、何者かが潜んでいる気配はない。
逃げたか…それとも、どこかに潜んでいるか…
あの魔物の特性じゃ、どこかに潜んでるってのが高そうだけど…
レイヴンが周りの気配を窺った…その時
「う、わぁぁああああ!」
突然背後で聞こえた悲鳴。
とっさに振り向くがすでに遅く…引き倒されたらしいギルド員が引きずられていく。
矢を放つも動きが早く、草で姿が見えないために効果が得られず。
地を這っていたものが今度は上空へと飛び出し……血の雨を降らせた。
それが何の血であるか…見えてはいないが想像するのは難しくない。
知らずうちに、奥歯を強く噛みしめる。
血を被ることとなった少女が悲鳴を上げるが、それを慰める余裕はなかった。
再び静まり返った森の中。
うまく隠れたのか、相手の姿も見えない。
この不利な状況下で気を抜けば、第二の被害者が出るのは目に見えていた。
弓を握る手に力がこもる。
その時だった。
かすかに獣の唸り声が聞こえたのは。
「ランバート?」
震える声で少女が呼ぶ。
背の高い草の合間に、赤く光る眼が見えた。
だが、その目は……
理知あるものの目ではない。
「離れろ!」
叫び、矢を放つ。
空を裂き走った矢。それを寸前で避け、獣は空へと身を躍らせた。
姿を見せたそれは、醜悪、の一言に尽きた。
「ラ、ン、バード…」
三頭の軍用犬を頭とし、蛇のようにくねる体。
軍用犬は牙をむき出しにし、口から出るのは魔物のように理性をなくした唸り声。
赤いものが寄生したためにそうなってしまったのか、あれを切り離せばもとにもどるのか。
何も分かりはしない。
そして、目の前のものは考える間も与えてくれはしれなかった。
口を限界まで広げ、よだれをまきちらしながら襲ってくる犬たち。
騎士団の者が呼びかけるも、それに反応する様子は見られない。
頭となっている犬たちが噛みつこうと襲い掛かり、体となっている蛇身が立っている者たちをなぎ払おうと身をくねらせる。
レイヴンはとっさに木の上へと身を躍らせ矢を放った。
一度はそれを避けられたものの、追尾効果のある矢はそれを良しとはせず、蛇身に突き刺さる。
しかし、やはりあの身に痛みは感じないのか、わずかに進路がずれたのみで、動きを止めるには至らなかった。
三頭の犬は一人の人間をターゲットに決めたようだった。
呆然と立ち尽くす少女に牙を剥く。
「いやぁああ!やめて、ランバード!!」
「ちぃっ」
木の上から跳躍し、身を空に舞わせる。
空中で体勢を整え、左右の二頭へ矢を突き立てる。
そして、最後に中央の犬の上へ飛び乗った。
おびえた表情をしていた少女の目が、限界まで見開かれる。
「やめてぇええ!」
「……こうしてあげる方が幸せなのよ」
何かを傷つけるための人形として生かされるよりは…ね
ランバートと呼ばれる犬の頭に小刀を柄まで深々と突き刺した…。
雨の中、ぼんやりと立ち尽くす。
騎士団の一人が自分に礼を述べて少女を連れていったが、正直なんと言われたか覚えていない。
ただ、ぼんやりと自分が手にかけた軍用犬のことを思っていた。
目から光をなくす犬の姿が、いつのまにか自分の姿にすり替わっていく。
あぁ、いつか自分もあのように動きを止めることができたらいいのに。
誰かが、俺を止めてくれたらいいのに。
どくり、と忌々しい左胸が鼓動を刻んだ。