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「よぉ、早かったな」
机の上には無数に並べられた酒瓶。
部屋に充満する酒の匂い。
それを見た瞬間、思わず顔が引きつった。
何をしていたんだこの二人は。
いや、この状況を見れば想像は容易にできる。
自分たちがザウデに向かった後、二人はこの部屋で酒盛りを始めたのであろう。そしてそれが今まで続いていた…ただそれだけの話だ。
だが、それが現騎士団長相手に死闘を繰り広げ、クーデターまがいなことを行った人間のしたことと考えればどうだろう。
部屋の惨状を見た瞬間、脱力するのも仕方ないというものだ。
アレクセイの眉間には深い縦じわが刻まれ、心なしか、デュークの無表情もどこか呆れているように見える。
だが、当の二人はどこ吹く風。
わずかに頬を赤くした表情で、にやにやとしながら三人を見回した。
「で、どうだった?納得したかよ」
「貴様が言いたいことは理解した」
「へぇ…で?」
そう尋ねる間も酒の注がれたグラスは手放さない。
はたから見れば、酔っ払いが絡んでいるようにしか見えず、とてもこの世界の大事を話しているようには見えない。
だが、帰ってその方がいいのかもしれない。
かたい雰囲気では話せないことも、こういう雰囲気なら話しやすいこともあるだろう。
……そう自分に言い聞かせて、この異常な場での話に耳を傾けた。
話の中心にされているアレクセイはすでに腹をくくったのか、迷うことなく口を開く。
「ザウデには手を出さない。今はな」
「今は…ねぇ」
今は
その限定型の言葉に、デュークが厳しいまなざしを向ける。
それを制しつつ、ユーリは先を促した。
「ザウデの役割は分かった。あれでは私の計画の役には立たない」
「だから手を出さない…ね」
「だが、あれをこのままにしておくつもりはない」
「ふぅん」
「私はこの世界を変える。私の道を邪魔するものは星喰みであろうと打ち砕く」
確固とした決意を持って宣言された言葉。
それを聞いて、思わず息を飲む。
そうだ。これが高いカリスマ性をもって騎士団を率いてきた、アレクセイという男だ。
アレクセイの言葉を受けて、ユーリの唇が弧を描く。
「要するに?」
「計画は曲げても、自分の意思は曲げる気はねぇってことだろ」
ユーリの言葉尻をナイレンが継ぐ。
二人は何やら見つめあって、笑い始めた。
……実に不気味である。
だが、それを止める者は残念ながらいなかった。
やがてひとしきり笑って満足したのか、ようやくユーリが笑いをおさめる。
そして、数々の酒瓶を押しのけて、その下から一通の封筒を取り出した。
それをブーメランでも投げるかのように、アレクセイに向かって投げてよこした。
ユーリの手から離れた封筒は緩やかな弧を描いて、アレクセイではなくシュヴァーンの手におさまった。
「やる。好きに使え」
そう言われても、何が何だかわからない。
アレクセイを見れば、開けるようにう促された。
仕方なしに、懐に入れてある小刀で封を切る。
すっと中身を取り出してみれば、信じられない文面が見え、思わず身を凍らせた。
身動きをしなくなった自分の手から、アレクセイが書類を奪うが、それを目にした彼もまた、冷静沈着な騎士団長には珍しく、驚愕の表情をうかべてユーリを見た。
「何だこれは」
「見ての通りだろ」
「どうしてこんなものがある」
「本物なのは間違いないぜ」
「そんなことは見ればわかる」
「ならいいじゃねぇか」
「そういう問題か!」
アレクセイが声を荒げる気持ちがよくわかる。
それほどに、ユーリが差し出してきたものはあり得ないものであるのだ。
それは、皇帝家直属の子孫であることを証明すると言った文面の書類。
即ち、それをもつものは皇位継承権を持つということになる。
しかも、そこに書かれていたのはアレクセイの名であったのだ。
先の皇帝クルノス十四世が、アレクセイは自分の異母兄弟であると書き、署名捺印している。
もちろん、そのようなことが事実でないのは、誰よりもアレクセイ自身が知っている。
自分ではどうあがいても皇位に手が届かないから、武力による改革を進めようと考えたのだから。
刺すような視線が集まる中、ユーリは悠々と酒を呷る。
そして一言。
「いらねぇなら捨てるぜ?」
この場でそれを言うか。
思わず顔が引きつる。
このような俗世の争いを目にして、世捨て人のデュークは一つため息をついて踵を返した。
「帰るのか?」
「このような場にもはや用はない」
「じゃ、オレも乗せてってくれ」
「おい、ユーリ。お前、俺にあと押し付ける気じゃねぇだろうな」
デュークについて部屋を出ようとするユーリをナイレンがひきとめる。
だが、それに返されたのは機嫌の好さそうな笑み。
「賭けはオレの勝ちだったろ。ナイレン」
「お前は最初からそのつもりだったろうが。……もういい。いっちまえ。当分帰ってくるなよ」
しっしっと猫の子でも追い払うように手を振るナイレンは諦め顔。
だが、このまま置いていかれては何もわからないままだ。
「ローウェル隊長!」
慌てて声をかける。返されたのは……
「次はないからなー」
ちらりと見えたのは、剣呑な光をおびた冷たい瞳。
思わず息を詰まらせれば、その間に瞳は笑いを含んだものに変わり、逸らされた。
後ろ手に手を振って、今度こそユーリの姿は消えた。