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「で?獲物はこの先か?」
ユーリが示すのは濃いエアルの流れてくる通路。
随分と奥へ進んできた。ここがおそらく、この遺跡の中心部だろう。
ならば、目当てのものもこの近くのはず。
予想を裏付けるようにエアルの量も一段と濃い。
そのはずだ、とナイレンは頷いた。
それを聞くと、ユーリは剣を片手にその方向へと足をむけた。
自分が投げた斧には目もくれない。
まさか、置いていくのだろうか。エルヴィンは思わずこえをかけた。
「ローウェル隊長。あれは、置いていかれるのですか?」
「ん?ああ、欲しいんならやるぞ」
「………は?」
上官に対して、あんまりな返答であったと思う。
だが、考えよりも先に声が出てしまった。
なぜなら、あの斧はただで他人にあげてしまえるようなものではないのだ。
バハムートティア
市場に出回ることはほとんどなく、あったとしても高額で、一騎士に過ぎない自分が手に入れることは到底叶わないあこがれの斧。
それを、簡単に……
呆然とするエルヴィンの肩をナイレンが叩く。
「いらねぇって言ってんだ、もらっとけ」
「ですが…」
「あいつは斧も使うが、本業は剣士だ。それにあぁ言うってことは、もうスキルもマスターしてんだろうよ」
ユーリの方を見れば、にやりと笑っている。
ナイレンの言うことはあっているようだ。
だからと言って、それならば、と簡単に受け取ることなんてできるはずがない。
悩むエルヴィンに揶揄するような声がかかる。
「いらねぇんなら、そこに置いてくだけだぜ」
「………」
こうして、斧使いの憧れバハムートティアはエルヴィンの手に収まった。
「これは……」
部屋に入ったとたん見えたのは巨大な魔導器。
それを見上げたフレンは無意識に声を上げた。その目には恐れが宿っている。
それは皆同じようで、フレンと同じように魔導器を見上げて息を飲んだ。
巨大な魔導器は異常な量のエアルを吸い込んでいる。あたりは赤く染まり、常ならぬ様相。
さながら戦場か地獄絵図のようだ。
「どうして…」
「だれがこんなこと…」
ヒスカとシャスティルが呆然とつぶやく。
皆、同じ思いで不気味に作動し続ける魔導器を見上げていた。
だが、レイヴンは違った思いでそれを見上げていた。
なぜなら、自分はこれを行った…いや、行わせた人物を知っているから。
大将。あんたは、この世界を……
レイヴンの考えを断ち切るように、あたりに爆発音が響く。
「ナイレン!」
「まだ何もしてねぇよ!」
魔導器を止める手立てとしてリタから譲り受けた魔導器は、まだ自分の手の中だ。
これは自分たちが引き起こしたものではない。
見上げれば、巨大魔導器が大きく振動しているのが目に入る。
多量なエアルに魔導器の方が耐えられなくなったのだ。
……このタイミングでかよっ
ユーリはナイレンに目配せをすると、すらりと剣を抜き、魔導器のほうへ足を向けた。
その剣を目にしたレイヴンは、思わず息を飲む。
宙の戎典…!
それは先の大戦で失われ、アレクセイが血眼になって探させているもの。
なぜ、それをユーリが手にしているのか。
疑問が口をついて出そうになるのを、ぐっとこらえる。
『レイヴン』がそれを口にしてはいけない。
『レイヴン』はギルドの人間。ギルドを監視するために、ギルドに溶け込むようにつくられたもの。
その『レイヴン』が宙の戎典など知っているはずはない。
だが、騎士団の『シュヴァーン』は知っている。
『シュヴァーン』ならば、ユーリの手にある宙の戎典を回収しなければならない。
だが、ここにいるのは『シュヴァーン』ではなく、『レイヴン』だ。
共にアレクセイから命じられたことであるのだが、それが今相反している。
レイヴンはきつく拳を握った。
胸に抱いたラピードが不思議そうに自分を見上げているのがわかるが、今は答えてやる余裕がない。
自分を落ち着かせるように、詰めていた息をゆっくり吐いた。
今は、レイヴンよ
そう決断して顔を上げる。
一瞬、ユーリの顔が笑ったように見えたが、それは光に覆われて見えなくなる。
ユーリを中心に展開された術式が、眩い光となってあたりを覆った。
激しく流れる空気と光とで目を開けていられず、両腕で顔を覆った。
やがて、吹き荒れていた風がやむ。
ゆっくりと目を開けば、エアルの乱れはなくなり、あたりは平穏を取り戻している。
部屋の中央には沈黙した魔導器と、唇に笑みをのせたユーリの姿。
「ローウェル隊長?」
動かないユーリを不思議に思ったフレンが、彼に近づこうと歩を進める。
だが、それはナイレンの手によって遮られた。
フレンがどうして、と言う思いを込めてナイレンを見上げるが、目に映ったのは普段の優しい彼ではなく、厳しい表情。
その時、地鳴りにも似た振動が足に伝わった。
魔導器を中心に、円形にひびが走る。
崩れる…!
「全員、退避!」
ナイレンの命令に従い、魔導器から距離をとる。
レイヴンもそれに倣って動いたが、胸騒ぎを感じて後ろを振り返った。
目に入ったのは、その場で微動にもしないユーリの姿。
その顔はなぜか笑っている。
声をかけようと口を開くが、その時、床が崩れ落ちた。
ユーリの長い髪が宙に舞い、その体が魔導器とともに落ちる。
「――――っ!」
叫ぼうとしたのは何であったか。
レイヴンの口からは、言葉にならない声しかもれず、その声すらも響き渡る轟音にかき消された。
ぽっかりと空いた巨大な穴に声をかけども、返ってくる声はなく……
やがて、ユーリ・ローウェルとされた空の棺がひとつ、土へと還された。