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「おう」
ノックをしてから、扉をあける。
豪奢な王宮内にあって簡素なその部屋には、一人の男。
足を机の上に投げ出し、腕を組んで椅子にふんぞり返った男は訪問者にちらりと視線をやった。
衣服の前はだらしなく開けたまま。
伸ばした髪は肩のあたりでゆるく括られただけ。
その男の風体はだらしないというよりも、不思議と男の色気というものが感じられる。
誰が見ても堅気には見えないその男は信じられないことに騎士団の隊長であった。
「ローウェル隊長。本日付で隊長に就任いたしましたのでご挨拶に伺いました」
「あぁ。シュヴァーンか。お前も貧乏くじだな」
誰もが憧れる隊長職就任を貧乏くじとのたまったユーリはニヤリと笑う。
それにどう返していいかわからず、シュヴァーンは眉間にしわを寄せるが、ユーリにはそれがまたおもしろかったらしい。
喉の奥で笑う相手をみながら、シュヴァーンはアレクセイに言われたことを思い出した。
『あの男から目を離すな。何をするかわからん。……帝国内で最大の脅威…とも言っていい。私の計画の邪魔にならないようにしっかりと見張っていろ』
騎士団長のアレクセイですら脅威を感じつつも、見張ることしかできない人物ユーリローウェル。
貴族でなく、平民…それも下町の出身。
本来ならば、隊長になることなどない出自。
しかし、今は亡き皇帝陛下は出自にこだわらず、才のあるものを重用されたため、彼は隊長の職に就いている。
騎士団のなかで型破りながら、情に厚く、市民からの支持は根強い。
また剣の腕は…アレクセイ以上とも言われている。
以前行われた御前試合で、彼が戦っていれば、今の団長はユーリであったはずだと。
しかし、彼は試合出場を辞退し、結局アレクセイとどちらが強いのかも分からず仕舞い。
ユーリを敬愛する騎士の間でのみ、この話はため息交じりに話されている。
噂の主であるユーリは、自分に関するうわさを知っているだろうに、それには一切言及せず、相変わらず破天荒なふるまいを続けている。
シュヴァーンは正直、アレクセイがあれほどまでユーリを気にする理由が分からなかった。
たしかに、やりにくいあいてではあるだろうが、あの用意周到なアレクセイが遅れをとるようにも見えない。
騎士の鏡のように振る舞い、他者からの信用を集める裏で、蜘蛛のように策を張り巡らせ、相手をからめ捕る……それがアレクセイの常套手段だ。
からめとられた相手は、それと気づかぬように手の上で転がされるか…はたまた、自分のように逃げられぬよう鎖で繋がれるか…
シュヴァーンは無意識に自分の左胸を抑えた。
「シュヴァーン?」
物思いに沈んでいたシュヴァーンは声を掛けられてはっと我に返る。
目の前には面白がっているように見えるユーリの顔。
「失礼しました」
そっと目をそらしながら頭を下げる。
この男の前にいると落ち着かない。
何もかも見透かされているように思う。
シュヴァーンは早々にこの場を離れてしまおうとユーリに礼をすると、さっと踵を返す。
もう少しで扉が閉まる…というとき、声が投げかけられた。
「そんなんじゃ、俺の相手は務まらないぜ、シュヴァーン。アレクセイによろしく伝えといてくれ」
そのまま扉は閉まる。
ひやり、と背に汗が伝った。
ユーリの言葉に他意はないのかもしれない。
だが、そんな風には考えられなかった。
『ユーリ・ローウェル…』
シュヴァーンは汗のにじむ手を握り締め、その名をアレクセイに対抗しうる者として胸に刻んだ。
花火が上がる。
それは誰をも魅了する華ではなく、皆に知らしめるための音。
街には装飾が施され、歩く人々も足取り軽く歩いている。
新しく就任した皇帝陛下への祝い。
「ヨーデル皇帝陛下!」
「陛下!」
城のバルコニーより顔を姿を見せたヨーデルに、市民は歓声をあげる。
豪奢な服に身を包み、冠を頭に載せたヨーデルは柔らかな笑みで手を振る。
その背後にはアレクセイ、シュヴァーンが控えていた。
フレンは階下にて警護を行っている。
「陛下。そろそろ…」
「はい」
アレクセイに促されたヨーデルが城の中へと姿を消す。
それでも鳴りやまぬ歓声にシュヴァーンは笑みを刻んだ。
謁見の間。
そこには、ヨーデルにアレクセイと彼が信を置く評議会議長の姿があった。
皇帝がそばに置くには少なすぎる人数。
「フレン・シーフォ隊長を連れて参りました」
「入れ」
何もわからぬままシュヴァーンに連れてこられたフレンは、中にいる面々をみて、行きをのむ。
その緊張を悟ったのか、ヨーデルは柔らかく声をかける。
「大丈夫ですよ、フレン。こちらへ」
「はっ」
ヨーデルと、そしてシュヴァーンに促されて、フレンは前へ進み出る。
そして、幾分ヨーデルから離れたところで膝をついた。
「フレン、隊長就任おめでとうございます」
「ありがとうございます。陛下直々にお言葉を賜り、身に余る光栄でございます」
「これは、僕からの就任祝いです。でお、本当はいけないことですから…他言無用ですよ?」
ヨーデルは悪戯っぽくほほ笑むと、後ろを指し示した。
その先を視線で追う。
そこには、黒い人影があった。
不審者かと思い一瞬身構えるが、アレクセイやシュヴァーンが何の構えも取っていないのをみて、警戒を緩める。
いつ入ってきたのかは全く分からなかったが、彼は招かれたものであるらしい。
その人物がまとうのは黒。
紫や金の細帯が黒に映えて、美しい色合いを呈していた。
しかし、その人物が何者であるのかをうかがい知ることはできない。
頭には薄衣がかぶせられ、かすかにのぞく顔は狐の面で隠されていた。
誰も言葉を発っしない。
静寂の空間。
その人物は静かに歩みだした。
しなやかな足さばき。
余計な音は一切たてず、静かに歩み出る。
そして、フレンよりも離れた位置でその歩みは止まった。
皆が注目する中、すらりと腰に下げられていた刃が抜かれる。
細身の片刃の剣はきらりと光りを反射した。
皇帝の御前で刀を抜くなどあってはならない行為。
だがそれをとがめるよりも早く、刃が舞った。
黒の衣が空気をはらみ、ふわりと広がる。
手を彩る細い腕輪がしゃらりと音を立てる。
飛ぶように軽い足運び。
それを見て、ようやく彼が剣舞を舞っているのだと気づく。
楽も何もない空間。
聞こえるのは彼が奏でる軽やかな足音と衣擦れの音だけであるのに、気付けば彼の舞いに引き込まれていた。
ふわりと宙に舞った体がとん、と音を立てて床に降り立つ。
そこではっと我に返った。
どれほど時間がたったのだろう…それすらも分からない。
呆けた頭を元に戻そうと一旦瞳を閉じる。
そして再び目を開けた時、刀の切っ先が自分に向けられていた。
正確には、自分の背後にいるヨーデル殿下に。
驚きに目を見開くと、すっと剣先はそれ、騎士団長に、評議会議長に、騎士団隊長主席に、そして、最後は彼自身の首筋に。
そうして、刀は収められた。
誰も何も語らない。
自分以外の誰もが真実を知っている様子であるが、今それを問うことはできなかった。
黒い衣をまとった人物は、目の前のフレンには目もくれず、懐から何かを取り出した。
真っ白な紙に包まれたそれを、投げると、ひらりとそれが床に舞った。
床に落ちたそれは、赤く染まった羽根。
近くにいたフレンには、それが何であるか分かった。
血だ。
真っ白であったであろう羽根は、何かの血で赤黒く染まっていた。
「確認しました」
ヨーデルが頷く。
それをみて、彼は身をひるがえした。
もう用は済んだとばかりに後ろを振り返ることなく部屋を出ていく。
彼の背が離れていくのを見送っていると、背後でヨーデルが話し始めた。
「昔、始祖の隷長と呼ばれる種属と人間との間で戦争がありました。人は魔導器を用いて彼らと戦おうと奮闘しましたが、魔導器は最悪の災厄を呼びこんでしまいました。星すらをも飲み込もうとする災厄…星喰みを打ち倒すべく、始祖の隷長と人とは力を合わせ、戦いました。そして、星喰みを退けた。」
おとぎ話のような話。
ヨーデルが反応を求めているわけではないとわかったため、フレンは何も言わずにその話に耳を傾けた。
「星喰みを退けはしたものの、元凶となった魔導器をそのままにはしておけない。当時の人の指導者はそれを管理するために国を作った。そして、始祖の隷長は魔導器を管理する人を監視するために、代理人を見出した。それが暗行御史。彼は始祖の隷長の後見を受け、道を外れた人を処断する。けれど、その役目ゆえに誰かに知られてはならない。これはこの帝国の創立時よりきめられた闇の部分。本来ならば、帝国を担う者のみに知らされる事実。……僕がこれを話した意味、フレンになら分かりますね」
ヨーデルが話し終えた瞬間、フレンは弾かれたように走り出した。
もう見えなくなってしまった黒い影を必死に追っていく。
「これでよかったのですか?」
「ええ。彼らならうまくいくでしょう。暗行御史は帝国の影。ですが、孤独である必要はないのですから」
ヨーデルは笑う。
アレクセイは一つため息をつくと、若い彼らが消えた方向を眺めた。
「待ってくれ!!」
息を切らせながら走ってきた人物に構わず、歩いていこうとする影。
フレンはその手をつかみ、無理やりに引きとめた。
「………」
彼は何も答えない。
それが正体を隠すためだとは分かっていた。
だからこそ、あえて問いただしはしない。
自分の気持ちを伝えるだけ。
「たとえ歩む道が違っても、背負うものが違っても…正しいものが正しく生きることができる世界を作る」
「……っ……」
彼が息をのむ気配が伝わる。
「それだけは、変わらないよ」
まっすぐに彼を見つめる。
顔には笑み。
迷いなんて一つも見えない、曇りない笑顔。
彼は何も言わなかったけれど、まっすぐに拳が差し出された。
誘われるように拳を差し出すと、それがぶつけられる。
昔からよくした、二人の間の合図。
それだけで十分だった。
フレンは離れていく彼を引きとめることはせず、見送る。
胸に温かいものを抱えて…。
「よくもまぁ、いろいろとやってくれたな」
アレクセイが自身の執務室に戻ると、唐突に声が投げかけられた。
それに驚きもせず、答える。
「主人の留守中に入り込むとは感心しないな。それに、シーフォのことは陛下がしたことだ。私に言わないでくれたまえ」
「そっちじゃねぇよ」
「では、なんのことかな?」
「とぼけんなよ、タヌキ」
ばさり、と音をたてて何かが投げつけられる。
床に散らばったそれらに目を落とすと、投げつけられたのが数通の手紙であることが分かった。
封筒に刻まれていたのはキュモールの紋。
宛名は……
「影の取引に正式な紋を使うなど、愚かしいにも程があるな」
「弁解はしねぇのな」
さすがに封筒に宛名は書かれていなかったが、中身を見ればわかる。
この手紙は海凶の爪にキュモールからあてられたものであった。
それだけなら、ユーリがわざわざアレクセイのもとを訪れた理由にはならないが…
「自分の部下使って魔導器横流しして、それ使って悪だくみしたところを刈り取る。帝国の中の腐った部分をあぶりだして一斉に切り捨てるのに都合が良かったってか?」
海凶の爪のイエガーはアレクセイの部下であった。
今はギルドとして独立しているため、元…をつけたほうがいいのかもわからないが、現実、今現在もアレクセイの命令を遂行しているところをみると、現在遂行形なのだろう。
ユーリの厳しい視線を受けても、アレクセイはひるむ様子はない。
むしろ、満足げに笑った。
「ついでに、帝位継承のごたごたも片付いた。いいことばかりだろう?」
悪びれた様子のないアレクセイに、ユーリは剣を向ける。
「この剣に例外はない。知ってるだろ?」
剣舞の最後に見せた仕草。
あれは、皇帝であれ誰であれ、道にそむけば剣を向ける。自分すらも例外ではない…という意味の誓い。
だが、今回は……
「……ま、あんたはまだこっちに踏み込んでない。ぎりぎりな」
「ふっ……そちらに踏み込まないよう注意するとしよう」
「よく言うぜ。ぎりぎりなの分かってやってるくせに」
嫌そうに顔をゆがめながら剣を引く。
アレクセイは相変わらずの余裕の表情を崩さぬまま。
その顔を見て、眉間のしわを濃くしながらもユーリは窓枠に足をかける。
「あんた、当分顔見せんな」
「随分ないいようだな。…まぁ、君の機嫌を損ねるのは私の望むところではない」
「とかいって、おっさん送りつけてくんなよ。うるせぇから」
「ひどっ!!」
いつからいたのか…おそらく最初からだろうが、うるさいから来るなと言われたシュヴァーンはわざとらしくさめざめと泣いたふりをしている。
それをみることすらせず、ユーリはひらりと身を躍らせた。
黒の衣はすぐに闇に溶けて見えなくなる。
それを見送って、アレクセイは物思いにふける。
ひとまずは平和を手に入れた国を安定させるために、これから忙しくなるだろう。
また彼の手が必要な時が来るかもしれないが、今はひと時の安寧を。
了
すっかり落ち込んでしまったエステルを送り届けるために帝都へと帰還後、フレンはアレクセイに呼び出された。
そして、単刀直入に言い渡された。
ユーリの捜索はやめるように、と。
容疑者の捕縛は騎士団の職務。
本来ならば、それを遂行している隊長をわざわざ騎士団長が呼び出して制止するなんてことあるはずはない。
フレンはいぶかしげに眉をひそめた。
「恐れながら、彼にはキュモール隊長の殺害容疑がかかっています。そのような人物を野放しにしておくのは…」
内心、苦い思いを抱えながらアレクセイに進言する。
ユーリを罪人のように言うことはフレンにとって不本意ではあったが、隊長という立場の自分がユーリを捜索するには、理由があったほうが行動しやすい。
しかし、フレンの思いをよそにアレクセイは淡々と告げる。
「これは決定事項だよ」
「………理由をお伺いしても?」
騎士団のうちにいる以上、上司からの命令は絶対。
しかし、到底納得できる命令ではなかったため、フレンはアレクセイに問うた。
本来ならば質問など許されるものではないのだが、アレクセイは気分を害した様子もなく答えた。
「まぁ、君には知る権利があるだろう。しかし、これは他言無用だ」
「……」
フレンが無言でうなづくのを見ると、アレクセイはゆったりと手を組んで話し始めた。
「アレクサンダー・フォン・キュモール…いや、正確にはもうフォンは必要ないな。奴はすでに騎士団のものではない。奴はラゴウと手を組み、国家の転覆を謀った国家反逆者だ。そして、残念なことに彼らに手を貸した者たちは多くてね。下手をすれば国家の根底を揺るがしきれない大事件となる」
「……隠蔽…ですか」
フレンが苦々しい思いでつぶやくと、アレクセイは困ったように笑った。
「もっとも、いくつかはすでに明るみになってしまっている。今更すべてを覆い隠すとかえって不自然になるため、最低限のことは公表される。キュモールは帝国で管理を行われているはずの魔導器を横流しした罪で貴族の身分を剥奪。彼はそれに耐えきれず、自害した……。君は自害した人間を殺害した犯人などいると思うかな?」
「…いいえ」
アレクセイから与えられる無言の圧力。
それを前にして、フレンは頷くしかなかった。
顔をこわばらせたフレンが退室すると、アレクセイはふぅと息を吐いた。
「全く。良くも悪くもまっすぐだな、彼は」
「あんたも、昔はそうだったでしょうよ。騎士の鏡なんて言われちゃってるくせに」
カーテンの向こうに隠れていたシュヴァーンがあきれたようにつぶやく。
「目的を達するために、よりよい手段を選ぶようになったまでだ。それに、騎士道に反したことは行っていない。私が騎士の鏡と讃えられても、それは間違いではないだろう」
悪びれた様子もなく、しれっと言うアレクセイに、シュヴァーンは呆れの色を濃くする。
確かに、間違ってはいないのだが……
「青年にばれたら、怖いわよ」
「彼は自分の役目を心得ている。自分の領域に踏み込んではいない者にまで牙を伸ばすような獣ではないよ、暗行御史殿は」
自信たっぷりな様子のアレクセイに、シュヴァーンはそれ以上言う言葉を持たず……重くため息を漏らす。
疲れた様子のシュヴァーンには構わず、アレクセイは次なる算段をたてる。
「さて、これでひと段落はついた。後は、ヨーデル殿下を皇帝として評議会に認めさせるだけ…だな」
「簡単にいきますかねぇ…多少弱体化したとはいえ、相手はあの評議会ですよ?金と権力という甘い汁が好きな腐った虫どもだ」
「だが、その虫どもが擁立したエステリーゼ様は自分を評議会が利用しようとしていたことを知り、帝位継承権を放棄なされた。帝位継承権を持つものがヨーデル殿下しかいなくなった今、評議会を認めざるを得まい」
「……わざと姫様にその情報知らせて、そうなるように仕組んだのはどこの誰よ」
「実行犯に言われたくはないな」
しばし、お互い無言。
結局は同じことをやってきているため、同罪なのだ。
「これから忙しくなるぞ」
愉快そうに笑うアレクセイ。
自分がこき使われる予感を感じ取って、シュヴァーンは長々とため息をついた。
ユーリとソディアが走り去った後。
その場は落ち着きはしたものの、剣呑な雰囲気はぬぐい去れないままであった。
戦士の殿堂の首領が始祖の隷長であるのは事実。
そして、魔狩りの剣のメンバーが始祖の隷長を忌み嫌っているのも事実。
このまま引くことも、再び戦うこともできず、両者はにらみ合っていた。
「この、大馬鹿どもらが!!」
野太い声が空気を大きく震わす。
魔狩りの剣メンバーが身をすくめるのとは反対に、ベリウスは笑みを浮かべた。
大声で怒鳴りつけた人物は、その体つきからは想像できないくらい身軽に客席から飛び降りた。
その人物をみて、フレンの後ろにいたカロルは思わず声を上げる。
「ドン!」
「おいてめえら、誰の許可得てこんなことしてやがる!ギルド同士の抗争はご法度だ!てめぇらの軽い頭はんなことも忘れたか!?」
ギルドの束ね役であるドン・ホワイトホースに怒鳴りつけられ、下っ端の者らは返す言葉を持たず、ただ縮こまるばかり。
ベリウスはついに耐えきれない、とばかりに笑い声を洩らした。
「久しいな。息災そうでなにより」
「なんだ、じじいになったとでも言いたいか?」
「そんなことは言っておらぬではないか。あの時はまだまだ半端者であったのに、貫禄が出たなと思うただけよ」
「てめぇと一緒にするな」
まるで昔からの知己のように話す二人。
しかも、ベリウスのほうがドンを子供のように扱っている。
そのことに周りは目を丸くした。
周囲の様子に気がついたのか、ドンは舌打ちをするとクリントに向き直った。
「おい、今回の発端はてめぇか」
「………」
クリントは否定も肯定もせず、無言でドンを見返した。
「ベリウスのくだらねぇ情報、いったいどっから仕入れやがった」
「……依頼だ」
「依頼か。ギルドの依頼だ、依頼主を明かせとはいわねぇ。だが、同じギルドに喧嘩売るような真似したのはなぜだ。ベリウスが始祖の隷長だってのを知って、歯止めがきかなくなったか」
「………」
クリントは返答を返さない。
ドンはなさけねぇ、とつぶやき深々と息を吐いた。
クリントを筆頭とした魔狩りの剣の連中がこんなことをした背景には、他人には言えない理由があるだろう。
だが、それは罪を許される免罪符にはならない。
「いいか。この街の人間にとってはな、てめぇらは魔物と同じだ。てめぇらは復讐心に目がくらんで、自分がされたことをそのまんま返してるだけだ。わかってんのか!」
「もうよい。この者たちとて分かっているだろう」
怒鳴りつけるドンをベリウスがやんわりと止めた。
「ヒトは間違えるものよ。あの時もそうじゃった。だが、間違いを正せるのもまたヒト。お主とて、多くを失っただろう?ドン・ホワイトホース」
母が息子をたしなめるように言われ、ドンは深々とため息をついた。
もう、怒鳴りつける気は失せている。
気を殺がれたのは魔狩りの剣の連中も同じであったようだ。
クリントはおもむろに立ち上がると、武器を持って外へと出ていく。
「償いはする」
振り向くことなくそれだけ告げ、彼らは闘技場を後にした。
その後、闘技場から逃げだした魔物を討伐し、市街の復興を行う戦士の殿堂と魔狩りの剣の人間らの姿がノードポリカでみられたという。
「ユーリ・ローウェルの追跡をやめろとは一体どういうことでしょうか」
すっかり落ち込んでしまったエステルを送り届けるために帝都へと帰還後、フレンはアレクセイに呼び出された。
そして、単刀直入に言い渡された。
ユーリの捜索はやめるように、と。
容疑者の捕縛は騎士団の職務。
本来ならば、それを遂行している隊長をわざわざ騎士団長が呼び出して制止するなんてことあるはずはない。
フレンはいぶかしげに眉をひそめた。
「恐れながら、彼にはキュモール隊長の殺害容疑がかかっています。そのような人物を野放しにしておくのは…」
内心、苦い思いを抱えながらアレクセイに進言する。
ユーリを罪人のように言うことはフレンにとって不本意ではあったが、隊長という立場の自分がユーリを捜索するには、理由があったほうが行動しやすい。
しかし、フレンの思いをよそにアレクセイは淡々と告げる。
「これは決定事項だよ」
「………理由をお伺いしても?」
騎士団のうちにいる以上、上司からの命令は絶対。
しかし、到底納得できる命令ではなかったため、フレンはアレクセイに問うた。
本来ならば質問など許されるものではないのだが、アレクセイは気分を害した様子もなく答えた。
「まぁ、君には知る権利があるだろう。しかし、これは他言無用だ」
「……」
フレンが無言でうなづくのを見ると、アレクセイはゆったりと手を組んで話し始めた。
「アレクサンダー・フォン・キュモール…いや、正確にはもうフォンは必要ないな。奴はすでに騎士団のものではない。奴はラゴウと手を組み、国家の転覆を謀った国家反逆者だ。そして、残念なことに彼らに手を貸した者たちは多くてね。下手をすれば国家の根底を揺るがしきれない大事件となる」
「……隠蔽…ですか」
フレンが苦々しい思いでつぶやくと、アレクセイは困ったように笑った。
「もっとも、いくつかはすでに明るみになってしまっている。今更すべてを覆い隠すとかえって不自然になる。最低限のことは公表される。キュモールは帝国で管理を行われているはずの魔導器を横流しした罪で貴族の身分を剥奪。彼はそれに耐えきれず、自害した。君は自害した人間を殺害した犯人などいると思うかな?」
「…いいえ」
アレクセイから与えられる無言の圧力。
それを前にして、フレンはうなづくしかなかった。